コミヤジンスキーワールド3(歴史…?クイズ)

【令和元年6月14日更新】

 令和に入ってこのシリーズ、ようやく二度目の更新です。なにしろ、検証作業が大変なもので。(涙)

 というわけで、前回更新したコミヤジンスキーワールド4(有名人クイズ)の例にならって、以後この歴史クイズも、その解答の信ぴょう性を3段階にランク付けすることにしました。
 有名人クイズと同様、解答の「信ぴょう性=高」としたものは複数の根拠情報あり。
 「信ぴょう性=中」は1個程度(確証が得られない場合は2個程度でも中とする場合があります。)の根拠情報あり。
 「信ぴょう性=低」は検証不能ということにします。
 なお、有名人クイズにおいてもおことわりしたとおり、「信ぴょう性=高」としたものであっても、その内容には責任を負いかねますので、予めご了承ください。

  1.  沈没までに猛烈な攻撃を受けた戦艦「武蔵」。推定、魚雷20本、爆弾17発、至近弾20発ともいわれている。あまりのタフネスぶりに驚嘆したアメリカ軍。「武蔵」と同型の「大和」攻撃に際しては、「武蔵」撃沈時の教訓を生かした攻撃方法をとったと言われている(ただし、正確な記録は存在しない)。それはどんな方法?
  2.  硫黄島守備隊の最高司令部で、作戦会議など、どんなに重大な事項よりも優先された仕事とは?
  3.  第2次世界大戦時、世界最強と言われたドイツ軍戦車ですが、現在を含め世界の戦車では採用していない、ある特異な点とは?
  4.  ドイツ陸軍ティーガー戦車隊のエース「Otto Carius(オットー・カリウス)中尉。1943年12月、ラドガ湖付近の戦いで唯一撃破した、変わった敵目標とは?
  5.  第2次世界大戦時、ドイツ軍は変わった小銃を開発しました。MP44自動小銃を改造したもので、アタッチメントを付けて使用します。一見便利そうに見えるが、よくよく考えると使い勝手の悪い機能とは?
  6.  日露戦争時の第1軍司令官「黒木為楨(くろきためもと)」将軍。弓張嶺において、それまで世界中のどこもやったことのない前代未聞の作戦を行いました。いったいどんな作戦?
  7.  第2次世界大戦時のイギリスの戦闘機、「ブラックバーン・ロック」と「ボールトンポール・デファイアント」。この2機に共通する信じられない欠点とは?
  8.  ドイツ軍戦車に対抗するため、ソ連軍は犬爆弾を使用しようとしました。毎日、戦車の下で餌を与え続けることによって、そこに行けば餌にありつけることを覚えさせ、ドイツ軍戦車が現れたら、爆弾を装着した犬を放ってドイツ軍戦車を爆破する計画でしたが、実際には、ソ連軍が期待した戦果は挙げられませんでした。いったい何故?

1000ポンド爆弾(イメージ画)
オットー・カリウス 像
MP44突撃銃(イメージ画)

黒木為楨 像

ボールトンポール・デファイアント(イメージ画)
犬爆弾(イメージ画)
(※犬が戦車の下にもぐり込み、背中の棒が倒れると起爆する仕組みになっていた。)

答え

  1.  航空魚雷による攻撃を左舷側に集中した。(※魚雷攻撃をかわすため、艦艇はこまめに変針するので、左舷側に集中したのは、単なる偶然の可能性もある。)(信ぴょう性=中)
  2.  雨水を貯めること。雨が降りそうになると総員で空き缶などを使って雨水を貯めていたそうです。(信ぴょう性=中)
  3.  ドイツ軍戦車はディーゼルエンジンではなく、ガソリンエンジンを使用していた。ガソリンエンジンはディーゼルエンジンに比べ小型軽量で高出力を得られる反面、燃費が悪く、かつ燃料となるガソリンは極めて揮発性が高く、戦闘車両に用いるのは危険すぎるのに、なぜガソリンエンジンを使用したのでしょうか。信ぴょう性=高)
  4.  敵攻撃機。爆撃コースに入った敵機の飛行コースを読んで主砲を発射したところ、見事に命中、撃墜したそうです。(信ぴょう性=中)
  5.  銃身の先を90度近く(※30度~90度まで数種製作されたが、実用化したのは30度)曲げて、壁に隠れながら射撃することが出来るようにした。一見便利そうだが、例えばとっさに敵と対峙した際正面に向かって撃てないなど、ちょっと考えたらかえって不便なことが判りそうなものだが。(※実際には弾道を無理やり曲げるため、銃身の寿命が短く、かつ弾道も定まらず、使いものにならなかったようです。)(信ぴょう性=高)
  6.  師団規模での夜襲(信ぴょう性=高)
  7.  戦闘機でありながら、前方を射撃することができなかった。操縦席の後ろに4丁の機関銃を備えた旋回銃座を設けたが、当然のことながら前方を打つことが出来なかった。なんでこんな戦闘機を作ったのやら。(信ぴょう性=高)
  8.  ソ連軍の戦車の下で訓練したため、戦場で放たれた犬たちは自軍の戦車の下に向かった。また、戦場では爆発音や砲撃音があるため犬たちはこれに驚き、逃げ回った。 (信ぴょう性=高)
雨水集めに使われたもの(イメージ画)
イリューシンIL-2
(※航空機なのに機体下面は装甲が施してあり、機関銃での撃墜は困難であったらしい。)

 というわけで、なんとか令和二回目の更新完了。(例によって、※はオカヒデの加筆です。)
 オカヒデルームも手を広げ過ぎて、なかなかこまめな更新ができませんが、今後ともおたのしみに!

【令和元年5月1日更新】

 令和になって最初の更新です。あちこち手を伸ばし過ぎて何かと忙しいけど、どうしても5月1日中に更新したかった!
 では、新元号でスタートです。

  1.  日露戦争開戦間もない頃、敵の攻撃を受けた歩兵たち。上官の反撃命令に対して非常に消極的散発的な射撃しかしない。敵の攻撃に対して臆病だったわけではない。積極的な反撃ができなかった、いかにも日本的なある事情とは?
  2.  第2次世界大戦時、北アフリカ戦線に送られることになったある兵士。家族に自分の居場所を知らせるためにある工夫をします(居場所を手紙に書くことはどこの軍隊でも御法度。そのため、投函前に検閲が行われた。)。それは、最後に書く自分の名前のミドルネームのイニシャルを投函のたびに変えて場所を知らせることでした。兵士は5通の手紙にそれぞれ順番どおりにT.U.N.I.S(チュニス、チュニジアの首都)と書いて出しました。その5通の手紙は全て無事に家族のもとに届けられたのですが、家族はその兵士の居場所を知ることはできませんでした。もちろん事前に家族とは打ち合わせをし、家族も地図を何度も確認したそうです。いったい何故分からなかった?
  3.  日本陸軍の主力戦闘機「隼」。機体の構造上、どうしても克服することが出来なかった欠点とは?
  4.  往年の名落語家「柳家金語楼(やなぎやきんごろう)」さん。戦時中前線部隊を回った彼らの慰問団の名前は、当時の部隊名にありがちな名前をもじったものでした。はたして何という名前?
  5.  戦艦「ビスマルク」撃沈のきっかけとなったのは、時代遅れの複葉雷撃機(イギリス空母アークロイヤル搭載のソードフィッシュ)が放った1本の魚雷でした。本来なら魚雷の1本や2本では、大したダメージにはならないはずなのでしたが、なぜ撃沈のきっかけとなった?
  6.  戦利品が大好きなアメリカ兵。南方の島々で戦闘が終わった後、とんでもないものを本国に送っていました。それは何?
  7.  制海権の無い中、陸軍部隊を輸送するために考え付いたのは偽装作戦。病院船「橘丸」に乗船した兵隊達はほぼ全員が白衣を着て全員分のカルテを準備。兵器や弾薬は赤十字社の標章をつけて梱包していました。これは明らかな国際法違反でした(※ただしそれ以前に、登録された日本軍の病院船が何隻も連合軍の攻撃により沈められていた)。橘丸はバンダ海(インドネシア)を航海中に米海軍の臨検を受け、これを何とか乗り切ろうとしましたが、あるおかしな点に気づかれて偽装がばれ、乗っていた日本陸軍兵士1500名余りが捕虜となってしまいました。いったいどんなおかしな点があったのでしょうか?
  8.  山本五十六連合艦隊司令長官が出港する際、欠かすことが無いように、大量?に購入されたものとは?
  9.  同じく山本長官がタクシーに乗車するときに行っていたいたずらです。当時のタクシーはメーター料金ではなく、乗車のときに運転手に行先を告げて値段を交渉していました。目的地に着いたとき、運転手を驚かせたいたずらとは?
  10.  昭和15年、中国軍の飛行場を攻撃した4基のゼロ戦隊。敵の反撃が少ないと感じた4人のパイロットは前代未聞の愚行を犯してしまいます。しかし、とうじはその行為を勇猛果敢な行為として、ほめたたえられました。冷静に考えるならば絶対にやってはならない愚かな行為とはどんなこと?

答え

「隼」のイメージ画
柳家金語楼 像
航空魚雷(イメージ画)
山本五十六元帥 像
  1.  発砲のたびに薬莢を拾っていたから。(※厳しい軍隊生活に耐えられず、撃ち殻薬莢に火薬を詰めて自殺に使った兵隊が出たため、薬莢の回収を厳しく義務付けたのが事の発端のようです。)今日でも自衛隊では、訓練射撃においては薬莢回収を律義にやっております。
  2.  手紙に日付(読む順番)を書いていなかったため、順番通りに配達されなかった手紙を受け取った家族は、「NITUS」という地名を一生懸命探したそうです。
  3.  主翼に機関銃を搭載することが出来なかった。そのため、当初は7.7㎜であった機首の機関銃2門をより口径の大きな13㎜に変えましたが、海軍のゼロ戦が主用していた20㎜機銃は、大きさの問題で最後まで積むことが出来ませんでした。隼はゼロ戦よりも一年遅く正式採用されていますが、性能要求した陸軍の担当者に先見の明がなかったようです。
  4. 「わらわし隊」。「若鷲」をもじったと思われます。
  5.  魚雷がビスマルクの後部に命中し、そのため跳ね上がったスクリューが舵装置を破壊、舵が取舵のまま動かなくなり、ビスマルクは航行の自由が利かなくなって集中攻撃を受けてしまった。
  6.  日本兵の頭蓋骨。(※映画「プレデター」か?)
  7.  包帯をした患者(負傷兵)や看護婦が乗っていなかった。
  8.  有名な「とらや」の羊羹。山本五十六は下戸で有名
  9.  乗車のとき(手袋をつけた)左手でパーを出して5円と思わせ、目的地に着くと手袋を外して3円だと言ったそうです。(山本長官は日本海海戦において左手の指を2本欠損していました。)
  10.  敵の飛行場に着陸し、破壊されていない敵の飛行機の燃料タンクを拳銃で打ち抜き火を放った。勇猛果敢と言えなくもないが、もしパイロットが殺されたりすれば、当時最高機密だったゼロ戦が無傷で敵の手に渡っていた可能性もある。こんなことだから戦争に負けたのかも?
軍艦の舵(イメージ画)
頭蓋骨(イメージ画)
包帯(イメージ画)
とらやの羊羹(イメージ画)

 令和初日の更新はここまで。なんとか日付が変わる前に更新に漕ぎ着けました。令和になってからもよろしくお願いします。

 なお、毎度のことながら本サイトの記事はあくまで娯楽としてお楽しみください。また、※印はオカヒデによる加筆です。

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